ツキノワグマと羅生門

お笑いライブの思い出などを書きたいです。

辞めずにいてくれるっていいよねという話

今年もTHE MANZAIが始まりました。東京予選は1回戦が半分ほど終わり、合格した人達もいればそうでない人達もいます。

ぴーかぶーというコンビが好きです。プロダクション人力舎に所属する女性コンビで、主に漫才をしています。ボケが元ピーナッツパンというコンビの田中希美さん、ツッコミが元あめんぼというコンビの天野舞さん。お互いをのんちゃん舞ちゃんと呼び合い、朗らかで楽しい雰囲気がありながらも所々ネジのぶっ飛んだ漫才をする良いコンビです。
元々舞ちゃんが組んでいたあめんぼが好きで人力舎の事務所ライブ「バカ爆走!」等を観に行っていたのですが、昨年10月に惜しまれつつも解散してしまいました。最後の舞台となったバカ爆走、エンディングで突然解散が発表されたのですがその時の事は今でも思い出すと胃が痛くなるぐらいの衝撃でした。好きな芸人さんが解散を発表するあの瞬間は、ただただ悲しくて「これはお笑いライブで起こった事なのか?お笑いを観に行ってこんなに悲しくなる事ってあるのか?」と思ったものです。

舞ちゃんはお笑いを続けるとの事だったのですが、具体的な事は何も解らないまま半年が過ぎました。バカ爆走の出演者が発表される度に、舞ちゃんが新しく組んだコンビはいないかな?と探してはそれらしい名前も見つからず落胆する、という日々を過ごしていました。
それが今年の3月に人力舎の先輩で前コンビ解散後はピンで活動していたのんちゃんとコンビを組む事が発表されまして!その時の喜びと言ったら…!正直、このままフェードアウトしてしまうのかと思っていたので。

あめんぼ時代の相方あきちゃんと現在の相方のんちゃんにはどことなく共通する雰囲気があります。底抜けにエネルギッシュで猪突猛進、とにかく元気なボケ。舞ちゃんの芸風は冷静に相方を諌めつつ時折挟まれる鋭角な毒舌が笑いを誘うツッコミで、やっぱり相方は明るいタイプの人が似合います。久々に漫才をする二人はブランクもそんなに感じさせず、明るく楽しい漫才をしていて「新しいコンビも好きだなぁ、これって素晴らしい事だな」としみじみ思いながらまたバカ爆走に通い出しました。
そんな中始まったTHE MANZAIM-1グランプリをきっかけに漫才が大好きになった僕にとっては毎年楽しみにしている賞レースですが、ちょっとした切ない思い出もありました。

去年あめんぼが出場した予選1回戦を観に行ったのですが、その頃はK-PROの若手ライブ「いぶき」で上位入賞したり外部ライブや対抗戦ライブに出演する事も増えたりとノッている時期で、前年2回戦に進出した事もありこれは今年も1回戦は突破出来るだろうと思っていました。しかし、この日の二人はなんだか緊張していていつもの実力があまり発揮出来ていなかった様に感じました。出番が早かったり普段と違う客層だったり、戦果がそのまま事務所の評価に直結する所もある賞レースだったりと様々な要因があったのだと思います。

結果は2回戦進出ならず、まぁでも来年があるさ…と気楽にまたバカ爆走に通おうと思っていました。しかしそこから3ヶ月程で解散となってしまい、自分の中でTHE MANZAIは「あめんぼ解散のきっかけ」になった嫌な印象が付いてしまいました(実際の解散の理由はあきちゃんの家庭の事情なのでこの敗退が直接的な原因ではないのですが、聞く所によるとやはりきっかけの一つにはなったとの事でした)。
好きな賞レースに敗退して好きな芸人さんが解散してしまうというのは物凄いジレンマで、この年はマシンガンズも新宿カウボーイも認定されなかった事もあり、「俺が応援している芸人さんが皆負けていく。俺は疫病神なのか」等というファンが陥りがちな一番こっ恥ずかしい思考に至ったりもしてしまいました。

そんな思い出があったもので、今年のTHE MANZAI1回戦出場者にぴーかぶーの名前があるのを確認した時も嬉しさと同時にじんわりと胃が痛くなりもしました。舞ちゃんが先輩ののんちゃんに頼み込んでコンビを結成したという経緯もあるので、初っ端の賞レースで躓いてしまったら早々にコンビ解消という事もあるんではないかと。他の多くのコンビが1年かけてじっくりスタイルを構築してネタを磨き上げていく中、結成3ヶ月で持ちネタ4つという状況で戦わなければならないのはかなりのプレッシャーだったかと思います(1年かけて準備したコンビはその分負けられないという重圧も強いでしょうし、どちらがどうという話ではないですが)

とにかく見守ろう、どうせ客なんか観る以外に出来る事なんて無いのだし、と自分に言い聞かせて向かった1回戦。去年と同じく早めの出番・更に客層が出場者だらけでバチボコ重たい会場で本当にハラハラしました…。が、ここでぴーかぶーは本当に良い漫才をしてくれたんです。

まず登場して一発目ののんちゃんの声がめちゃくちゃ大きい!普段のライブでも大きい声ですが、この日は他の出場者と比べても飛びぬけて声が出ていました。それだけで物凄く頼れる雰囲気を感じて、かっこいいなぁ…とグッと来てしまいました。
1回戦を観ていて思うのは、「芸風関係なく合格者は皆客席後方まで伝わる様なハッキリ大きな声が出ている」という事です。ウケなくて声が小さくなり、どんどん深みにハマっていく人達をたくさん観ます。舞台というのは素人には想像もつかない程の大変な環境なんだな、というのがこういう賞レース予選を観ると特に強く思い知らされます。こののんちゃんの第一声を聞いて、これは良い漫才になりそうだとホッとしました。

そんなのんちゃんに続いての舞ちゃんが、これまた今までに聞いた事がないぐらい大きい声が出ていたんです!舞ちゃんに関してはとにかく声が小さいという印象があります。初めて漫才を観た2011年、「物凄く声が小さい!とにかく小さい!声も存在も消え入りそうだ、この子は早く辞めてしまいそうだな…」という印象を抱いたものです。相方のあきちゃんもより頑張ろうと声を張り上げていて、それによって更に舞ちゃんの声が掻き消されるという悪循環で、誰も悪くないのに会場中がなんだか切ないムードに包まれていたのを思い出します。

そんな舞ちゃんがのんちゃんに負けないぐらいバーンと声を張ってるのを聞いて、ツカミもツカミなのに泣きそうになってしまいました。ファンの贔屓目も大いにあるかと思いますが、舞ちゃんのツッコミの技術は声の小ささを除けば同年代の漫才師の中でもかなりの物だと思っています。奔放なボケを邪魔しない様に進行しつつ、ここという所で良いワードを差し込む。その間が素晴らしいなと思います。台本臭くもなく、かといって一般人のおしゃべりとも明らかに違う「漫才師の喋り」。また、アンタッチャブルの柴田さんに憧れて人力舎の門を叩いたとの事ですがここぞという時に現れる口の悪く鋭いツッコミにそのイズムが出ている気がします。キャラの強いボケを見守る保護者的な立ち居振る舞いにはキングオブコメディの高橋さん的な要素も感じます。(贔屓目で、凄くいい様に言っていますので柴田さん高橋さんを好きな方が「良く言いすぎだよ」と思ったら申し訳ないです)
前の相方あきちゃんがとにかくネタを飛ばしたり間違えたりという事が多く(それを笑いに転化する事の出来る魅力的な人でした)、それによりアドリブ力が異常に鍛えられているのも強みです。今の相方のんちゃんも同じネタでもガンガン言う事が変わるタイプなんですが、毎度柔軟に対応しています。おそらく即興ネタやシャッフルコンビ企画などでも力を発揮するんじゃないかな、と予想しています。

舞ちゃんが最大の弱点である声の小ささを克服して、この3ヶ月での最大の勝負ネタ「ねずみ講」は完璧な出来だったと思います。のんちゃんの太陽の様なキャラクターが重たい舞台によく映えていて、良い空気を作っていました。舞ちゃんのツッコミもしっかり届いて笑いになる理想的なネタの運び。ぴーかぶー結成からこの日までの漫才で、間違いなく一番良い漫才でした。そして僕は、去年の1回戦での切ない思い出を完全に払拭する事が出来ました(ご本人はどうか解らないですが)。
結果から言うと2回戦進出は出来なかったのですが、ここまでのベストを出し切ってくれたのでファンとしては大満足です。来年のTHE MANZAIが楽しみで仕方ないです。

そして危惧していた「敗退したら解散するんじゃないか問題」ですが、1回戦直後に出演した人力舎プロモーション主催ライブ「JPCライブ」でのんちゃんが「何の事かは言いませんが一言わせて下さい、来年頑張るぞーーーー!!!!」と絶叫していたのでこの問題は杞憂に終わりそうです。のんちゃんのコンビ継続の意思を明確に聞けて、とても嬉しかったです。このライブでも「ねずみ講」を披露していたんですが、とにかくのんちゃんがアドリブ満載で暴れ周り、それに慌てず楽しげにツッコむ舞ちゃんというこれまた良い漫才でますますこのコンビを好きになりました。同じネタでも場が変わるとこうも違う物になるのかと感動しました。

好きな芸人さんが辞めずにいてくれるというのは本当に本当に幸せな事です。ライブに出ている段階の芸人さんはまずお笑いだけでは食えていませんし、ファンは幾ら応援するといっても芸人さんの生活の助けまではまず出来ません。辞めると言われたら引き止める力も権利も無いので、ただただ悲しむだけです。
解散した芸人さんの事を話していると、良くない言い方ですが故人を偲んでいる様な気持ちになります。幾ら楽しい思い出でも、いつまでも更新される事は無いので最後には切ない気持ちになってしまいます。だから辞めずに続けてくれて、思い出が更新されていくというのはとても嬉しいです。これからも、ぴーかぶーのお二人が末永く辞めずにいてくれる事を祈りつつ大いに楽しませて頂きたいと思っています。

さて、おじさんが女性芸人さんの事を書くやっぱり気持ち悪さが出てしまうなと痛感しました。バカ爆走に通っていて一番怖いのは、見学に来ているJCA人力舎の養成学校)スクール生が自分の事を観て「あいつぴーかぶーが出る日にしか来ないぜ。女性芸人を目当てにライブ通いか、気持ち悪いおっさんだな。ああいう客には来て欲しくないよな。ライブの品位が下がるね」と軽蔑の視線を向けられる事です。尖った若者がこの世で一番怖いです。俺が20歳くらいでお笑い芸人を志す立場だとして、やっぱり俺みたいな客見たら「こんな客に俺様の才能を披露しなければいけないのか。俺のいるべき場所はここじゃねぇ。」とか思うんでしょうし。もし本当にこんな事を思っていたとしても、彼らに非は無いです。仕方の無い事です。仕方の無い事なのです…。